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東京地方裁判所 平成8年(ワ)9468号 判決

原告

甲野一郎(仮名)(X)

右訴訟代理人弁護士

甲野太郎(仮名)

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

小暮輝信

川上忠良

瀬戸勲

被告

東京都(Y)

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

平野善彦

秋山哲也

右田良文

伊藤寿彦

被告

永村俊朗

松本隆二

鈴木貞夫

添野由久

右被告三名訴訟代理人弁護士

山下卯吉

福田恆二

金井正人

新井弘治

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  個人被告らの責任について

原告は、被告国の公権力の行使に当たる公務員である被告永村並びに被告東京都の公権力の行使に当たる公務員である被告松本、被告鈴木及び被告添野に、その職務を行うにつき原告に対する不法行為があったとして、国家賠償法一条一項に基づき被告国及び被告東京都に対し損害賠償を求めるとともに、被告永村、被告松本、被告鈴木及び被告添野に対しても、共同不法行為を主張して、損害賠償を求める。

しかしながら、公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員がその職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから、原告の右個人被告らに対する請求は、いずれも理由がない。

二  被告添野による原告の弁護人選任権侵害について

1  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告添野は、前提事実2のとおり、平成八年一月一〇日午前七時四〇分ころ、他の警察官とともに甲事件につき原告を逮捕したが、右逮捕の場所は、原告の自宅から一キロメートル近く離れた地点であった。

原告は、右逮捕後、車に乗せられる際、被告添野らに対し、自分が逮捕されたことを連絡してくれるよう依頼し、被告添野は、「いずれ連絡する。」と答えた。右逮捕当時、原告は、原告の父と同居しており、また、被告添野は、原告の父が弁護士であることを事前に知っていた。

(二)  被告添野は、原告を武蔵野署に引致した直後の同日午前七時五五分ころ、原告に対し、逮捕状記載の被疑事実を告げてその弁解を聞き、その際、弁護人の選任権を告知したが、これに対し、原告は、「父親が弁護士ですので父親を選びたいと思いますが、父親の意思にまかせます。」と答え、被告添野から「また父親に甘えるのか。」と言われた(原告は、前年一一月にも住居侵入罪で逮捕されている。)こともあってか、父である原告代理人を弁護人に選任するか否か迷っている素振りを見せ、明確な意思を表示しなかった。このため、被告添野は、原告の自宅にも、原告代理人にも連絡を取らないまま、午前八時ころから原告の取調べを始め、これを正午ころまで継続した。

(三)  被告添野は、同日午後二時半ころ、原告の取調べを再開したが、その冒頭で、原告に対し、弁護人選任の意思を確認したところ、原告が「父親をお願いします。」と答えたため、直ちに上司の刑事課長である被告鈴木に報告をし、被告鈴木が原告の自宅に電話をして、原告の母に原告が原告代理人を弁護人に選任した旨を連絡した。

(四)  原告の母から連絡を受けた原告代理人は、仕事の都合もあり直ちに武蔵野署に赴くことはできなかったが、同日午後六時四〇分ころ、武蔵野署において原告と最初の接見をした。

2  右認定に対し、〔証拠略〕において、原告は、逮捕後に車に乗せられた際、被告添野に対し、「家に連絡してくれ。」と依頼した旨、また武蔵野署に引致された際には、被告添野から弁護人の選任権を告げられたことはなく、午後三時ころになって初めて弁護人の選任について尋ねられた旨供述する。そして、原告が明確に「家に」連絡して欲しいと依頼したか否かは、証拠上必ずしも明らかでないが、前記1(一)のとおり原告が逮捕の事実を連絡して欲しいと依頼した以上、その連絡先に少なくとも自宅を含む趣旨であることは、事柄の性質上明らかである。しかしながら、右供述自体において、原告は、「家に連絡してくれ。」とは父に連絡して欲しいとの趣旨であり、取りあえず父と会って相談したかったといい、必ずしも弁護士としての父に連絡することを依頼したものとは解せない上、他方で、勤務先の方にも連絡して欲しかったともいうのであって、右の点に照らすと、原告の右供述から、原告が父である原告代理人を弁護人に選任する意思で、被告添野に対し「家に連絡してくれ。」と依頼したと認めることはできない。また、〔証拠略〕によれば、前記1の(二)の弁解録取については、その旨弁解録取書が作成され、原告が署名指印していることが認められるが、原告は、〔証拠略〕において、右署名指印自体記憶がないと供述するのであって、右弁解録取の際、弁護人選任権の告知を受けなかったという原告の前記供述は、到底信用できない。

3  以上のとおりであり、右認定の事実を前提に、被告添野による原告の弁護人選任権の侵害の有無について判断すると、まず、被告添野が、原告を父と同居していた自宅で逮捕せず、自宅から約一キロメートル離れた路上で逮捕したこと及び被告添野が原告の父が弁護士であることを事前に知っていたことは前記のとおりであるが、右事実から、被告添野が、原告の父が原告逮捕の事実を知り、直ちにその弁護人となることを妨げるために、右逮捕の場所を選択したものと推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、原告が逮捕の直後に少なくとも自宅に連絡して欲しいとの趣旨の依頼をしたこと、また、引致後の弁解録取の際に、原告が、「父親が弁護士ですので父親を(弁護人に)選びたいと思いますが、父親の意思にまかせます。」と述べたことは前記のとおりであるから、被疑者の取調べに当たる警察官として、被告添野は、早期に原告の自宅に連絡をし、また、父を弁護人に選任するか否かについて原告の意思を明確にさせるよう努めることが望ましかったとはいえるが、原告が父である原告代理人を弁護人に選任するか否か迷っている素振りを見せ、明確な意思を表示しなかったことは前記認定のとおりである(原告は、〔証拠略〕において、弁解録取の際の弁護人選任権の告知自体を否定し、原告から父に連絡してくれと言ったこともないと供述する。)から、被告添野が右のような措置を採らなかったことをもって、原告の弁護人選任権を侵害する違法なものであるとまでいうことはできない。

三  被告添野の原告に対する脅迫による自白の強要について

1  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、前提事実3のとおり、平成八年二月一二日に乙事件について逮捕され、引き続き被告添野から取調べを受けたが、乙事件発生の日時ころ、その現場付近で同種の犯行をしたことは認めたものの、現場の状況や犯行態様について、原告の供述と被害者の供述が一致せず、また、原告が図示した現場の状況と原告の供述も必ずしも一致しなかった。

(二)  このため、原告の供述が誤りでないかとする被告添野の原告に対する取調べは相当緊迫したものとなり、同月一五日及び一六日にはそれぞれ三時間にわたり取調べが行われたが、その中で、被告添野は、声を荒げて、時には机をたたいたりしながら、ほぼ前期争点2の〔原告の主張〕(一)の<1>ないし<5>に記載のような言動(以下、各言動を右<1>ないし<5>の番号で引用する。)をした(ただし、<2>のうち「私がやりましたと言え。」という部分は、「お前がやったんだ。」という趣旨の、また、<4>の「君がこの罪を認めないと」という部分は、「被害者が別にいるのであれば」という趣旨のものであったと認められる。他の言動については、一言一句、右記載のとおりであったとまでは断定できないが、ほぼ同旨のものであったと認められる。)。

2  右認定に対し、被告添野は、〔証拠略〕において、右取調べが相当緊迫したものとなって声も大きくなり、机を一回位たたいたかもしれないこと、原告の勤務先や原告の父の事務所の捜索の可能性や、警察の広報を通じた新聞等への発表の可能性に言及したこと、その場合に原告の顔写真が新聞に載ることもあると言ったかもしれないこと、及び、刑務所の話をしたことがあることは認めるが、その余の言動はしていない旨供述する。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、原告は、甲事件で逮捕された後、毎日のように父であり弁護人である原告代理人の接見を受けていたが、平成八年二月一六日の朝と夕刻に接見を受けた際、原告代理人に対し、前日の一五日と当日の取調べにおいて、被告添野から前記認定のような言動を受けた旨を述べ、原告代理人は、これをメモに残したこと、そして、原告代理人は、翌一七日、担当検事である被告永村に対し、被告添野の右言動につき苦情を述べたこと、そこで、被告永村は、被告添野に電話をして事情を聞いたこと、このため、被告添野は、その後の取調べの際に、原告に対し「俺はそんなひどい取調べをしたか」との発言をしたこと、以上の事実が認められ、右事実に照らせば、被告添野の〔証拠略〕における供述中、前記言動を否定する部分は、たやすく信用できない。

他に前記1の認定を左右するに足りる証拠はない。

3  そこで、右被告添野の言動の違法性について判断すると、右言動のうち<1>及び<2>が原告を侮辱するものであることは明らかであり、<3>ないし<5>の言動が、原告を威迫し、自白を強要するものであるとまではいえないが、原告を極めて困惑させ、精神的苦痛を与えるものであることは明らかである。

もっとも、被疑者が被疑事実を否認している場合、殊にその被疑事実が乙事件のようないわゆる破廉恥犯に当たるものであるときに、被疑者の取調べに当たる警察官が真実を追求しようとしてある程度声を荒らげたり、その言葉遣いが多少乱暴になることも止むを得ない面があり、また、証拠収集の必要性がある限り、弁護士の事務所であっても捜索の対象となり得るし、新聞等のマスコミに被疑事件を公表して被害の申告等を募ることもあり得よう。さらに、右のようなマスコミへの公表等がされた場合に親族等に及ぶ影響を被疑者に諭すこと自体は、違法なものとはいえない。

しかしながら、平成八年二月一五日ないし一六日の時点において、乙事件の捜査に関し、原告の父であり弁護士である原告代理人の事務所を捜索する必要性や、被疑事実をマスコミに公表する必要性が具体的に存したことについては、これを認めるに足りる証拠はないし、仮に右各必要性があったとしても、右公表等による影響に関する被告添野の<3>ないし<5>の言動は、その具体的表現に照らし、原告を諭すためのものとはいい難い。また、右当時、原告が甲事件については被疑事実を認めていたものの、乙事件については被疑事実を争っていたことは前記のとおりであるが、〔証拠略〕によれば、原告が乙事件を争った態様は前記1(一)で認定のとおりであり、被告添野の取調べに対し、殊更に反抗的な態度を示していたものではないことが認められる。

以上の諸点を総合考慮すると、被告添野による前記言動は、被疑者の取調べに当たる警察官として、真実を追求するために許された限度を超えるものであり、原告を侮辱し、不必要に困惑させて、精神的苦痛を与えるものであって、違法なものというべきである。

そして、被告添野の右不法行為は、被告東京都の公権力の行使に当たる公務員として、その職務を行うについてされたものであるから、被告東京都は、これによって原告に生じた損害を賠償する責を負う。

4  そこで、被告添野の右違法な言動によって原告が受けた損害について判断すると、〔証拠略〕によれば、原告は右言動により相当な精神的苦痛を受けたこと、他方、原告は、前記のとおり毎日のように父であり弁護士である原告代理人の接見を受けており、このこともあって、乙事件について最後まで被害者の供述に合わせた自白はしなかったことが認められる。

右事実に前記認定の各事実を総合すると、原告が受けた右精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、五万円が相当である。

5  被告永村が被告添野の前記不法行為を容認していたことについては、証拠が全くない。

したがって、右事実を前提とする、原告の被告国に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  被告永村の原告に対する偽計による自白の強要について

1  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  乙事件の被害者宅からは、事件直後、犯人のものと思われる遺留足跡が発見され、アセテート紙に採取されて保管されていた。他方、原告が甲事件で逮捕された後、原告が使用していた紳士カジュアルシューズが押収された。

(二)  警視庁刑事部鑑識課が、武蔵野署長から平成八年一月二九日付で鑑定嘱託を受け、右遺留足跡とカジュアルシューズの比較対照検査をしたところ、右遺留足跡とカジュアルシューズの右足用底模様とは、<1>模様は同様であり、<2>大きさに矛盾がなく、<3>欠損痕が一箇所合致したため、同課では、右遺留足跡は、原告から押収されたカジュアルシューズの右足用底模様によって印象された可能性が高いものと認めるとの鑑定結果をまとめ、同年二月一〇日付で、その旨の鑑定書を作成した。

(三)  一方、原告は、乙事件の取調べに対し、同年二月二四日ころから黙秘するようになり、調書の作成にも応じないようになった。

2  右のとおりであるところ、原告は、〔証拠略〕において、平成八年二月二八日に東京地方検察庁八王子支部において被告永村の取調べを受けた際、被告永村が原告に対し「足跡が一致した、傷も一致した、これは指紋に匹敵する。」と言った旨供述する。

しかし、足跡が一致し、傷が一致したという点については、前記鑑識結果に照らすと、そのこと自体を客観的事実に反する虚偽の事実ということはできず、また、〔証拠略〕における被告永村の供述に照らすと、被告永村が前記鑑定結果以上に断定的にこれを述べたと認めることもできない(なお、〔証拠略〕によれば、右鑑定結果には合理性が認められるが、そもそも本件で問題となるのは、被告永村が故意に虚偽の事実を告げたか否かであるから、被告永村が右鑑定結果に即した説明をした以上、右鑑定結果自体の正確性は、結論を直接左右するものではない。)から、原告の前記供述は、右趣旨においては採用できない。

また、指紋に匹敵するという点については、被告永村が足跡や傷の一致につき断定的に述べたことが認められないことは右のとおりであって、被告永村が「指紋に匹敵する」と述べたという原告の前記供述も、たやすく採用できない。もっとも、〔証拠略〕によれば、被告永村は、原告代理人から電話で「足跡の一致は指紋に匹敵する」との発言をしたか否かを問われた際、「覚えていない」と返答をし、積極的にこれを否定することはしなかったことが認められ、右事実に照らせば、被告永村が足跡を指紋になぞらえた発言をした可能性も否定できない。しかしながら、指紋と足跡とは、その一致による同一性判断の確度は異なるものの、証拠としての性質には類似性があるから、仮に被告永村が、前記鑑定の結果を踏まえ、足跡の一致を指紋になぞらえて説明したとしても、そのことをもって違法不当なものとまでいうことはできず、被告永村が、更に進んで、足跡の一致が指紋の一致に匹敵するとまで発言したことが認められないことは前記のとおりである。

3  よって、被告永村が偽計(虚偽の事実の告知)によって原告に自白を強要したことを前提とする原告の被告国に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

第四 結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告東京都に対し、慰謝料として五万円及びこれに対する弁済期の後である平成八年二月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告東京都に対するその余の請求及びその余の被告らに対する各請求は、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太)

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